田中教授は自身の研究についてこのように言います。
「なぜ80歳になった今も研究を続けるのか?
最近このようなご質問もよく受けますので、最後に少しお答えしたいと思います。
私が今も研究に邁進するキッカケになったのは、
イタリアのフィレンツェに行った時に出会った一人の先生の言葉でした。
その方は、たまたま友人の紹介で出会ったフォスコ・マライーニという先生で、
有名な人類学者のお一人です。
もうお年でしたが、若いころに日本にいらしたこともあって、アジアに深い関心をお持ちでした。
そしてミケランジェロの丘の近くにあるご自宅の書斎で、
マライーニ先生はこういわれました。
「日本には大変なショックを受けました。日本は私を目覚めさせたのです。西洋人のキリスト教や古典学に依拠しないで、立派な文明をもっている国が、そこにあったからです。
どちらを向いても道徳的一貫性、正義感、精神的な成熟さを示す人々に出会うことができました。そこで西洋のキリスト教が最高の宗教ではなく、相対的、歴史的な存在なのだと知らされました。
日本という国は、その世界地図に小さな位置よりも、はるかに大きな存在なのです」
マライーニ先生の言葉で、私は日本の文化が西洋とは異なった成熟した文明であることを知らされ反省しました。
外国の学者から日本の良さを聞いて心を改めるということは恥ずかしいことです。
ですが私はこのとき初めて、自分が日本人であることを本当の意味で自覚させられたのです。
わかっているようで、わかっていない国、日本をもう一度見直してみよう。
イタリアから帰国後、私の日本の歴史についての考察がはじまりました。
そして西洋で培った眼と知識を駆使しながら、日本に残る遺跡や美術品を分析していくと、
確かに日本の文化が西洋に匹敵するほどの、非常に高度なものだったことが分かり衝撃を受けました。
同時に、日本文明とは何であるか、日本人の学者によって堂々と述べられていないもどかしさを痛感しました。
それに気づいたのであれば、その知識を日本人に届けなくてはならない。もっと日本の歴史・文化の凄さを知ってほしい。
そして、これは西洋の文化の全てを見てきた自分にしかできない活動である...自分が伝えていくしかない...
だからこそ今も私は、現役で研究を続け、日本の皆様に日本の歴史・文化の奥深さ、素晴らしさを広める活動をしていますし、これは死ぬまで続けて行きたいと思っています。これが確固たる軸となって、私自身の支えになっているのです。」